宝塚からの宅急便 No.35 文と写真:奥村森

2017.01.01 Sunday 15:44
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    Rue Vincent Van Gogh in Saint Remy de Provence サン・レミ・ド・プロヴァンス ゴッホ通りの羊飼い

     

    サン・レミのゴッホ

     

    ゴッホは1853年、オレンダのズンデルトで牧師の子として生まれた。そして、画商店員、教師、伝道師の仕事を経て1880年から画家を志した。「ひまわり」「医師ガッシュ」などの代表作で知られている。

     

    1888年、アルルで精神病発作から左耳を切るという事件を起こした。現地の精神病院に入院したが間もなく、重度の患者を受け入れるホスピスで精神病院でもあるアルルから北東へ32キロ離れたサン・ポール・ド・モーゾール修道院に移された。

     

    サン・レミの町は、南側にオリーブ畑と糸杉並木が広がり、今世紀初頭には古代グラヌム遺跡が発見された場所である。ゴッホは、この病院で寝室の他にアトリエも与えられ、気分の良い日には看護人と共に外出して絵を描いていた。

     

    モチーフは、鉄格子の窓から見える糸杉、麦畑、果実園、プロヴァンス風景などであった。こうして描かかれた油彩デッサンは150点にも及んだ。ゴッホのサン・レミ生活は入退院を繰り返しながら1年間続いた。

     

    病院は、今も昔のまま残っていた。ひっそりとした回廊を通り抜け一室を覗き込むと、シスターが患者達に絵の指導を行っていた。彼らの視線が一斉にこちらに向けられた。他人を寄せ付けまいとしていた。

     

    病院裏にあるゴッホ通りと名付けられた小道に出ると、可愛らしいオレンジ色のポピーの花が一面に咲いていた。偶然にも老羊飼いが数十頭の羊を連れているのにも出くわした。病院から解放された時、ゴッホも眺めたであろう風景が、そこにあった。

    宝塚からの宅急便 No.36 文と写真:奥村森

    2017.01.01 Sunday 16:06
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      Rue Ravignan of Maurice Utrillo モーリス ユトリロのラビニャン通り

       

      パリ、モンマルトルが育てたユトリロ

       

      モーリス・ユトリロの住んでいたラヴィニャン通りを訪れようと、地下鉄を降りて階段を上がり、アールヌーヴォー時代に創られたギマールのアーチを潜る。駅前のベンチには昼間から飲んだくれて寝ているホームレスが目に入った。

       

      モーリス・ユトリロは、母、シュザンヌ・ヴァラドンの私生児として1883年パリに生まれた。ユトリロの姓は、美術評論家ミゲル・ユトリーリョが、彼を養子として籍に入れたことに由来している。

       

      不幸な出生遍歴からだろうか、若い頃から異常な飲酒癖が災いして、1900年にはアルコール依存症で入院を余儀なくされた。医師は、彼の母に「熱中するものがあれば、酒量が減るのでは」と絵を描くように勧めた。しかし、飲酒癖は一向に治らず入退院を繰り返した。

       

      それでなくとも、独学で絵を描きアカデミックな教育を受けていないユトリロは画壇から疎外された上に飲んだくれる日々を送り、益々孤立化していった。そんな気持ちを表現したのか、哀愁に満ちたパリの街角などモンマルトルのアトリエから見える身近なモチーフを数多く描くようになっていった。

       

      パリ芸術の中心がモンパルナスに移ってからも、モンマルトルに住んで秀作を描き続けたのである。ユトリロが頻繁に題材として描いたタルトル広場やラヴィニャン通り近辺は、夕暮れ時ともなると多くの観光客で賑わう。しかし、人気が無くなると、今でも画家の心情を伺える光景が其処かしこに存在する。

       

      孤独な人間が呼吸することのみ許される容赦なき街。その地獄から不死鳥のごとく這い上がった強かさ。亜流から本流画家に成り得た力は、医者にもおよばぬモンマルトルの逆療法環境に頼るところが大きい。1935年、コレクターの未亡人と結婚、晩年は絵ハガキをもとにパリ風景を描きながら裕福な生活を送ったと云われている。

      宝塚からの宅急便 No.37 文と写真:奥村森

      2017.01.02 Monday 11:43
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        Garden of Claude Monet モネの庭園

         

        モネの睡蓮の池

         

        パリから西北へ約90キロ、セーヌ川の支流と緑豊かな小高い丘に囲まれた小さな村ジヴェルニー。ここにクロード・モネが43歳から移り住んだ家がある。以後、モネは光の変化の瞬間を精力的に捕えながら絵を描き続け、生涯をこの地で過ごした。

         

        モネは、広重の浮世絵「名所江戸百景・亀戸天神境内」に強くひかれ、自宅に日本庭園を造った。それを描いたのが有名な「睡蓮の池」と題する作品だ。モネは浮世絵師が描く花鳥風月に深い関心を抱いた。洗練された感覚で表現される四季の変化と余分なものを省く大胆な構図に魅せられたからだ。

         

        しかし、興味を抱いて単なる模倣に終始するのではなく、独自の境地を表現しているからこそ、印象派の巨匠と呼ばれる由縁なのだろう。ジヴェルニーに移った頃、モネは絵が売れず、経済的に極めて貧しかった。最初の妻は次男を出産した翌年亡くなり、やがてアリス・オシュアと再婚する。

         

        アリスの連れ子と彼の2人の子供を合わせ、一挙に子沢山となった。生活はより厳しさをましたに違いない。ジヴェルニーを取材に訪れた5月中旬は、晴れたり曇ったり雨が降ったり止んだりと一日中目まぐるしく天候が変化する。

         

        写真撮影には最悪のコンディションだ。しかし、モネならモチーフを凝視し、一瞬の移ろいも見逃すまいと脳裏に焼き付けたに違いない。「その粘り強さこそがモネの本領ではなかったのか」とさえ思えてくる。

         

        モネの池の中央には太鼓橋がかけられ、そこには鈴なりの観光客が写真撮影に余念がない。そして、橋のほとりに植えられた藤の花が美しく咲き乱れていた。睡蓮の花が咲いていなかったので池の監視員に何時頃に開花するのかと尋ねると「6月の初旬には咲きますよ」と教えてくれた。睡蓮の時期には少々早すぎたが、絵でしか見ることのないモネの池を眺めながら、モネの気持ちを推察できたのは嬉しい。

        宝塚からの宅急便 No.38 文と写真:奥村森

        2017.01.02 Monday 12:15
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          Cathedrale Notre-Dame de Chartres シャルトル大聖堂

           

          コローが描いたシャルトル大聖堂

           

          フランスが誇る文化遺産シャルトル大聖堂。青い空に向かって突き刺すように伸びる2本の尖塔は左がゴシックで右がロマネスクと異なる様式ながら、不思議に調和しているのが面白い。ジャン・バティスト・カミーユ・コローは1830年、「シャルトル大聖堂」と題して作品を描いている。

           

          コローは1796年、パリで婦人装身具店の息子として生まれた。ルーアンで教育を受けた後、パリに戻り洋装店に奉公した。26歳頃から画業に専念、ミシャロン、ベルタンの門下に入り古典的伝統画を学んだ。1830年以降は、テオドール・ルソー等とフォンテンブローやバルビゾン付近の森や田園風景を描き、バルビゾン派の七星の一人と称されている。

           

          「人生の目的は風景画を描くこと」と決意しただけあって、自然を描いた作品が多い。初期の作風は古典的、優雅で細密な表現が際立つ。晩年はロマン的で詩情豊かな作風となった。パリの南東90キロ、人口4万の小さな古都を車で訪れた。遥か遠くから望むことが出来る大聖堂は、中世を偲ばせる風情がある。

           

          シャルトルは、20数年前に訪れた情景とは一変して観光用駐車場が設置されていた。コローが描いた大聖堂は、正面からのオーソドックスな構図だ。しかし、後世になって軒並み建てられた土産店やレストランによって、同じ角度から大聖堂を眺めることは出来なくなった。ここにも現代社会の縮図が顔を覗かせていた。


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