宝塚からの宅急便 No.41 文:吉田千津子 写真:奥村森

2017.01.03 Tuesday 11:37
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    Beatrice Douillet ベアトリス ドゥイエ

     

    Artiste Beatrice Douillet 芸術家 ベアトリス・ドゥイエ

     

    ベアトリスと出会ったのは、1996年の初夏であった。私と相棒は、アート雑誌の取材でパリに来ていた。取材費を切り詰めるため、街外れにあるベルシーのホテルに泊まっていた。その日も取材を終え、地下鉄のシャラントン・エコール駅で下車、ホテルに向かっていた。

     

    もう街は暗くなり始めていた。途中、全面ガラスばりのアトリエが目に入った。そこには、大きなキャンバスに向かって絵を描いている女性がいた。私の相棒は日本にいると無愛想なのだが、海外に出るとやたらとお喋りになり愛想がよくなる。言葉が通じなくてもヘッチャラなのだ。

     

    彼は「あ、そうだ彼女を取材しよう」とガラス窓にペタッとはりつき、指でトントントンと叩いた。そして、中に入って良いかとのジェスチャーをしたのである。ジェスチャーは万国共通、すると彼女がドアの方に足早にやって来て見知らぬ外国人の私達を招き入れてくれた。私だったら何処の馬の骨かも分からない人を中には入れないだろうし、おまけに東洋人なんてもってのほかだ。

     

    とにかく、私は彼女とのインタビューの約束を取り付け、2日間でインタビューと写真撮影を終えた。ベアトリスは、絵画、立体、イラスト、コラージュ、エコアート、何でもこなすアーティストである。しかし、芸術家は、どこの国に行っても一部の人を除いて皆貧乏暮しをしている。彼女の作品の発想はユニークで色彩がとても綺麗なのが特徴だ。「もし将来、機会があったら日本で個展を開ければいいね」と話をした。

     

    しかし、今の私達には個展を開いてあげられる当てもない。漠然と夢の様な話をしていただけだった。それから暫くして、彼女の記事がアート雑誌に掲載された。その後は、彼女からパリや欧州各地で開かれる個展やグループ展の知らせが届いた。フランスを代表する新聞 Le Monde 紙のアートコラム記事の切り抜きも送られてきた。しかし、それ以上の進展はなかった。

     

    それから時が流れ、相棒がたまたま仕事で知り合った人が偶然にも画廊を持っていることがわかり、急遽ベアトリスの作品をそこで発表させてもらうことになった。2012年の11月のことである。ベアトリスは約1ヶ月の予定で来日、個展を開催した。沢山の来場者で個展は盛況だった。

     

    彼女のモットーは倹約で、それを個展と旅行にすべてあてるという暮らしぶりだ。そのため衣服はほとんどフリーマーケットで購入、それを自分好みの服に仕立て上げる。たとえば、綺麗な糸で刺繍をしたり、色とりどりのボタンに付け替えたり、2枚のセーターの虫食いのところを除いて色違いの袖を付け、一枚のきれいなセーターに仕上げたりと手間をおしまない。彼女の衣服は何処にも売っていない、この世に一つしかない逸品である。我が家の壁には、ベアトリスの作品が飾ってある。毎朝それを見るたびに彼女のことを思い出す。

    category:Frence フランス | by:tanukuro2013comments(0) | -