宝塚からの宅急便 No.8 文:吉田千津子 写真:奥村森

2016.12.21 Wednesday 11:16
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    Stanton Av. Glendale スタントン通り グレンデール

     

    公衆電話

     

    1989年、長年住みなれたロスアンゼルスから帰国したとき、電話が必要となり(その頃、携帯電話はまだ普及していなかったので家庭用電話だった)、近所の家電量販店に買いにいった。私はシンプルな電話機が欲しかったのだが、そのようなものは1台もなかった。

     

    すべての電話機には、ボタンがやたらと付いて煩雑きわまりない。店員に「話をするだけのシンプルなものはないの?」と尋ねても、「何を言ってるんだ、日本の電話機はこうなんだ」と馬鹿にされた。腹が立ったので彼に「それじゃ、この機能を全部使いこなせる人はいるの?」と聞いてみた。すると、「イヤ、それはいないでしょう」との返事。

     

    必要ない人には余計な機能をつけず、シンプルなものを作ったらどうなのだろう。その時は仕方なしにボタンの少ない安価なものを買ったが、それでも2万6千円もした。値段もアメリカに比べたらベラボウに高い。

     

    日本人は金持ちだなと思った。その頃、アメリカの電話機は20ドル位から購入でき、日本円にして5000円も出せば良いものを買うことが出来た。勿論日本の電話機のように多機能ではないが、シンプルでとても使いやすいものであった。

     

    以降、毎年ロスアンゼルスを訪れているが、改めて電話代の安さにビックリする。私が住んでいた頃には、日本はアメリカの4倍の電話料金であったことを思いだす。今回5ドルのテレホンカードをチャイニーズ・マーケットで購入したら、これでアメリカから日本に2時間50分もかけられるのである。

     

    このテレホンカードは地域別になっていて、アジア、ヨーロッパ、アメリカ国内、アフリカなど様々な種類がある。自分がかける地域カードを買えばよい。日本も以前から比べると安くなったが、まだまだ高いのが実情だ。毎日の生活費は安いにかぎる。

     

    話は変わるが、ある事件をきっかけに100歳以上のお年寄りが多数行方不明になっていたのが判明した。朝日新聞(2010年8月13日付)によると279名もの不明者が見つかったという。長寿国と称された日本は、このような現実みのない統計の上に成立っていたことが暴露された。真実を知れば、世界一の長寿国と浮かれている場合ではない。今こそ、基本を大切にした社会づくりが必要なのではないか。

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    宝塚からの宅急便 No.9 文:吉田千津子 写真:奥村森

    2016.12.22 Thursday 17:12
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      Bamboo 竹林

       

      言語

       

      楽天やユニクロが社内公用語を英語にすると発表して話題になっている。日本人は、どちらかというと外国語アレルギーだと思う。それはヨーロッパのように隣接した国がなく、島国で隔離されているからかも知れない。

       

      私は人生の半分を海外で暮してきたおかげで、英語とポルトガル語を話すことが出来る。しかし、今回ニュースになった楽天やユニクロでの社内英語公用語については、ちょっと違うような気がする。この2社の内のどちらかは忘れたが、2年以内に英語をマスターしないと首になるという話も聞いた。果たして英語ができると、その人は世界に通用するグローバルな人間なのだろうか?

       

      グローバルな人間とは、異文化の違いを互いに理解し合って共生できる人のことであり、言語を話せるだけの意味ではない。ただ言語を話せるだけでは片手落ちのような気がする。まずは、日本人として日本語、文化、歴史を勉強して、ちゃんと日本人として確立された人格形成ができてから、他の言語を学ぶほうが良いと思う。国籍の分からない根無し草の人間を作ってもどうしようもない。

       

      海外に住んで、つくづく思うのは、いかに自分が日本のことを知らないかということである。日本好きのアメリカ人から色々質問され、あたふたとして困ったことがあり、自分の不勉強を恥じたものだ。言語というものは、単に伝達の道具であり、その背後にある生活、文化、考え方などを理解することによって、やっとその言葉が完成するのだと思う。

       

      テレビで英語の出来る幼児が得意そうに、脳のシステムを英語で外国人の先生と質疑応答していたが、あれはただの言葉遊びで脳のシステムを理解して話しているわけではない。勿論小さい子供の脳はやわらかく、吸収力や好奇心が旺盛なのは理解できる。だが、憶えるのも早いが忘れるのも早いのである。

       

      最近、若い人達の国語力や常識のレベルが低下しているように感じる。私の姪が、小学一年生になった時、その教科書のうすっぺらい事、私の子供時代と比べると比較にならない。日本語の教育をないがしろにして、外国語を学んでも二兎を追うものは一兎も得ずになるのではと危惧する。

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      宝塚からの宅急便 No.12 文:吉田千津子 写真:奥村森

      2016.12.23 Friday 10:44
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        American House アメリカの家

         

        アメリカの経済対策

         

        2010年9月29日から一週間、ロスアンゼルスに行ってきた。毎年2回のアメリカ旅行は恒例となっている。着いた週の月曜日は華氏113度(摂氏44度)を記録したという。カルフォルニアは日本と違い乾燥しているので湿気の多い日本の44度とは違うが、それでも市街では初めてのことだという。日本も2010年の夏は猛暑だったので、世界中異常気象になっていることは間違いない。

         

        アメリカも日本と変わらず、不景気風が吹いている。6ヶ月前には大型家電店だった店が、今回行ってみるとスーパーマーケットになっていた。ところが週末のファミリーレストランのブランチは大変なにぎわいで、何処が不景気なのかと目を疑ってしまう。日本もファーストフード店は不況しらずと聞く。

         

        夕方、ニュースをみているとコンベンション・センターに朝から珍しく大勢の人がつめかけて、長蛇の列をつくっている。彼等は家のローンが払えなかったり、2〜3ヶ月延滞していて、このままだと家を失ってしまう人達だ。プライムローンやリーマンショック、様々な問題が起こるなかでレイオフされたり、職を失うアメリカ人が増えている。

         

        この人達を救済するために9月30日から数日間、国が銀行と交渉し救済対策を講じたのだ。例えば、10年前に家を購入した人の金利は5%だったが、今は2.5%から1.5%になっている。それに家の価値も以前よりも下がっているので銀行と話し合い、現在の家の価値に見合った支払いと金利の見直しをすることによって、毎月のローン額を下げ、家を失う人々を救おうという作戦だ。

         

        家がフォルクロージャー(差し押さえ)になってしまうと、ますます不景気におちいるからだ。インタビューされた主婦は「これで、毎月1千ドルもローンが減って、家を失う心配がなくなりホットしています」と答えていた。

         

        日本の新聞には、今日も競売物件の知らせが載っている。日本政府も、こんな粋な計らいをする国家になったら競売にかかる家も減り、ローンの支払いに困っている人々を少しでも助けることが出来るのではないかと思った。

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        宝塚からの宅急便 No.46 文:吉田千津子 写真:奥村森

        2017.01.03 Tuesday 14:18
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          Togyu Okumura「 Goat」  奥村土牛作品「山羊」 1926年頃

           

          ヤギの話

           

          朝日新聞のコラムでヤギのおもしろい話を読んで昔のことを思い出した。昭和27年頃、生まれて間もない私の弟の顔全体に湿疹ができ、かくと皮膚が赤くなり、ボロボロと剥けて可哀そうな状態だった。母乳を飲んではいたが充分ではなく、牛乳も一緒に飲んでいた。医者の診断では、アレルギー体質なのではないかという事だった。

           

          塗り薬を塗っても一向に良くならなかった。母は近所の人からヤギ乳を勧められた。栄養的にも優れているので、線路の向こうにある農家から茶色のビンに入ったヤギ乳を毎日配達してもらうようになった。ヤギ乳は消化されやすく、アレルギー源もないうえ、おまけに栄養は母乳の2倍もあるという。弟はしばらく飲んでいたら、知らない間に湿疹は嘘のように消えていた。

           

          朝日新聞によると昭和50年代、今では高級住宅街となっている目黒区柿の木坂に日本初の「ヤギ乳処理工場」が設立されたという。現在、日本のヤギ頭数は、推定約2万頭で昭和57年当時は68万頭ものヤギが飼われていたという。その8割がミルク搾乳用だったとは驚く。草を食べさせるだけで飼えるヤギの別名は「貧者の乳牛」とは良く言ったものだ。

           

          時々、私も弟が飲みきれない搾りたてのヤギ乳を飲んでみたが、生ぬるく、青臭い香りがしたのを覚えている。余り美味しいものではなかったような気がする。ヤギで思い浮かぶのは、沖縄料理の「ヤギ汁」である。沖縄の人々はヤギを今でもよく食べる。最近沖縄にヤギ牧場ができ、ヤギ乳はもとよりヨーグルト、チーズなども作っているという。

           

          ヤギ乳といえば、フランスでは何処に行ってもヤギのチーズ「Chevre シェーブル」を作っていて、とても美味しい。かたちは乳牛のチーズよりも小さく、白く柔らかいチーズである。ポルトガルのコインブラを訪ねた時には、レストランでヤギのローストを案内人のクリスチーナが「ヤギの料理はグルメなのよ」と言いながら美味しそうに食べていたのを思い出す。アメリカのスーパーでもアレルギーの子供用にヤギ乳は売られている。

           

          鹿児島大学農学部の中西教授によると、牛に比べてあまり場所も取らない上、タンパク質豊富、糞は堆肥になり、草も食べるので草取り不要ということもあって、ヤギは世界中で増え続けているという。それなのに何故、日本だけが激減しているのかと疑問を投げ掛けている。

           

          特にヤギは、エコロジー的に考えてもとても優秀な家畜だ。最近増加しているアトピー疾患にもヤギ乳は良いのではないか。これからの食糧難時代を危惧する前に、もっとヤギを飼うことを奨励してみたらどうだろうか。

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